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インタビュー インタビュー
つぼや菓子舗

相原 美香さん

静岡県出身。接客から製造、経理まで、会社の業務ならなんでも担う。つぼやを代表する看板的存在だ。

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    「つぼや」の名前の由来、歴史について教えてください

  • もともとは「茶屋又」という、道後温泉の帰りに立ち寄るようなお茶屋さんでした。その「茶屋又」の店の入り口には大きな茶壷が置いてあったんですが、その茶壷にちなんで、2代目が「つぼや」という支店を立ち上げました。その後、夏目漱石も訪れたことがあると言われている「茶屋又」は閉業、支店であった「つぼや」が残り、現在に至ります。

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    「坊っちゃん団子」の誕生の理由を教えてください

  • 「茶屋又」は明治16年に創業しました。道後温泉が完成したのが明治27年で、その翌年に夏目漱石が旧制松山中学校(現在の松山東高校)に赴任してきました。漱石は道後温泉に訪れるようになり、温泉帰りには「茶屋又」へ立ち寄ってあんころ餅を食べたといいます。小説『坊っちゃん』のなかで「俺の入った団子屋は遊郭の入り口にあって、大変うまいという評判だから、温泉に行った帰りがけに一寸食ってみた」という一節が出てくるほど気に入ったようです。小説『坊っちゃん』が出たのは明治の終わりで、それを読んだ2代目が「うちのお団子屋さんが載っている。まさに遊郭の入り口で商いをしていた」と。そこから小説の表題にちなんで、「坊っちゃん団子」と命名しました。湯晒団子をもとにして3色、カラフルにして売り出したのが始まりです

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    「坊っちゃん団子」を作るうえで大切にしていることは何ですか?

  • とにかく材料にこだわることです。あんこはその時代によって小豆の品種改良があるため、徐々に変化させていっています。現在使用しているのは、北海道産しゅまり小豆100%、北海道産大手亡豆100%といった最高級のものです。

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    「坊っちゃん団子」といえば緑・黄・茶。なぜこの色合いにしたのですか?

  • 2代目のセンスで色合い、順番を決めました。坊っちゃん団子は抹茶と一緒に食べることを想定して作っています。抹茶を飲むときは先にお菓子を召し上がります。そして団子の抹茶餡、白餡、小豆餡を食べたあと、抹茶を飲みます。抹茶から始まって抹茶で終わるというわけです。小豆餡の甘さと抹茶の相性は抜群だと思います。

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    伝統を守りながらも変化しているところはありますか?

  • 昭和40年頃までは手作業が主でした。当時はそれぞれの色の団子担当や、串に刺す担当なんかがいたんですよ。時代の変化とともに包餡機(ほうあんき)が開発され、手作業の時間が減っていき効率も上がりました。  味の変化については、4代目から現在の5代目になったときに材料を見直しました。以前のも本当においしくて「坊っちゃん団子はこの店の物じゃないとダメだ」という人も多かったのですが、「いい小豆や砂糖を使ってよりおいしいものを作ろう」と決めてさらに材料に力を入れたんです。広告費などにお金をかけていないからこそ、材料にこだわることができています。

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取材を終えて

インタビューを通して、松山の特産品である「坊っちゃん団子」に対するつぼやさんの想いが伝わってきました。観光客の方だけでなく地元の方にも広く愛されているのは、常においしさを追求する姿勢からだと思います。つぼやさんが作る「坊っちゃん団子」をひとりでも多くの人に食べてほしいです。そしてもっと松山の魅力を知ってほしいです。

サマリー画像 サンキュー